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建学の精神・沿革

建学の精神

偉大なる平凡人たれ
創立者:瀬島 源三郎

創立者:瀬島 源三郎

創立者・瀬島源三郎は、この建学の精神に関して「偉人となるとか、学者になるとか、名誉や地位の高い人間になるとか、金持ちになるとか等の、おのれを中心とした(原文は『小乗的な功利主義的な』)考えを捨てて、いざとなれば、おのれを殺して人類社会に貢献する、それが自分の生き甲斐である」と語っています。
建学の精神「偉大なる平凡人たれ」は、平凡に見られる日常生活をきちんと送っていくことは実は偉大なことである、地道にたゆまず努力していくことは偉大なことであると教えています。

沿革

本校は昭和3年11月1日、瀬島源三郎が大阪鉄道学校を創立したのにはじまり、以来発展を重ね、現在、大阪産業大学附属中学校・高等学校として、大阪産業大学、大阪桐蔭高等学校・中学校とともに学校法人大阪産業大学を形成する学校である。

学園年譜
昭和3年11月 大阪鉄道学校設立認可。大阪市北区兎我野町校舎で授業開始。
昭和13年2月 大阪第一鉄道学校設立認可。
昭和19年4月 財団法人「大阪鉄道学校」設立。
昭和22年4月 学制改革により大阪第一中学校設置。
昭和23年4月  同   大阪第一高等学校(普通・業務・機械・土木・電気・自動車)設置。
昭和24年12月 大阪鉄道高等学校および大阪鉄道中学校に校名改称。
昭和25年3月 大阪交通短期大学運輸科Ⅱ部の設置認可。
昭和26年3月 学校法人大阪交通学園に改称。
昭和40年1月 大阪交通大学設置認可。
(経営学部経営学科、工学部機械工学科Ⅰ・Ⅱ部、同交通機械工学科Ⅰ・Ⅱ部)
昭和40年10月 大阪交通大学を大阪産業大学に改称。
昭和41年1月 大阪産業大学短期大学部の設置認可(自動車工業科)
昭和50年4月 学校法人大阪産業大学に改称。法人名改称に伴い、大阪産業大学高等学校に改称。
昭和58年4月 大東市の産大キャンパスに大阪産業大学高等学校・大東校舎を開設。
(普通科特進コース、同体育コース)
昭和60年3月 大阪鉄道中学校廃止認可。
昭和63年2月 大阪桐蔭高等学校の設置認可。(大阪産業大学高等学校大東校舎の分離独立。)
昭和63年3月 大学院工学研究科(土木工学専攻・電気電子工学専攻)設置認可。
平成3年10月 大阪産業大学高等学校 商業科廃止認可。
平成4年2月 大阪産業大学高等学校 国際科設置認可。
平成4年4月 大阪産業大学高等学校 男女共学実施。
平成8年4月 大阪産業大学附属高等学校に改称。
平成10年4月 大阪産業大学附属高等学校 普通科を特進文系・理系コース、総合文系・理系コースに再編。
国際科コンピュータコースを国際情報コースに名称変更。
平成13年3月 大阪産業大学附属高等学校 工業科廃止認可。
平成13年4月 大阪産業大学附属中学校設置認可。
平成15年4月 大阪産業大学附属高等学校 普通科の総合文系・理系コースを進学文系・理系コースに改編・名称変更。国際科のインターナショナルコースを特進英語コースに、国際情報コースを進学英語コースに改編・名称変更。
平成16年4月 大阪産業大学附属高等学校 普通科を特進一貫、特進Ⅰ・Ⅱ、進学、スポーツコースに再編。
国際科を特進、進学コースに改編・名称変更。
平成20年11月 学園創立80周年記念式典挙行。
平成22年4月 大阪産業大学附属中学校10周年。
偉大なる平凡人たれ 創設者 瀬島源三郎